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電脳おでん村正店長、
ゆきまるの日常や考察。

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レトロブームに乗るIT系の意識高い人たちと強要されるレトロゲームの作法。

Facebookで見たレトロPC系クラウドファンディングを煽る投稿

最近、Facebookのフィードでこんな投稿を見かけました。

「この本を読まないとギークとは言えない」

そう一文添えられて引用されていたのは、ログインで編集長をつとめ、現在はIT関連のライターをやってらっしゃる高橋ぴょん太さんの、自著を出すためのクラウドファンディングでした。

マイコン時代からレトロゲームの時代までを総まとめするという興味深い内容で、私も出版されたら買おうと思いました。

なぜなら、クラウドファンディングが嫌いだからです。

誰が呼びかけようと、クラウドファンディングは様々な問題が発生する可能性があるので、その方が信用し尊敬できる方だとしても支援はしないことにしています。

実際、最近でもレトロゲーム界隈でこんな問題が起きていましたし、自分としてはクラウドファンディングとは距離を開けたいと思っているのです。

しかしこの投稿をしている方は、いわゆるスタートアップに近いところで働いており、クラウドファンディングも積極的に支援している人です。機動力のある一方、今回のような煽るような言い方をしがちな方で、知り合いとはいえ「その言い方はどうなのかな」と思うこともしばしばでした。

高橋ぴょん太さんも現在ではブロックチェーンやITなど、ゲームに限らない執筆活動をされている方です。そこに何かしらのシンパシーを感じたのでしょうが、本気で支援者を募りたいなら、もっと別の言い方はあるのではないかと思いました。

レトロゲームブームが生んだ意識高い系のレトロマウンティング。

そもそもの話なのですが、この人がレトロゲーム、もしくはいわゆるマイコンに言及した記憶がありません。

前述の通りIT関連には相当詳しい人なんですけど、レトロゲームが趣味とか聞いたことないし、マイコン時代からPCを使っていたと聞いたこともないです。

最近になって急に興味がわいてきた、ということもあるので、全部を否定することはできませんが、少なくとものめりこむほど興味がある人ではないはずです。

なので、書籍の内容が興味深いというだけで煽ってきた可能性があり、それがますますモヤモヤさせてくるのです。

さて、最近レトロゲームがブームになっているので、各出版社が競うようにレトロゲーム関連の書籍を出版するようになってきました。

また、ゲーム関連以外のWebメディアも、例えばゲームの発売何周年という記事をあげることが増えました。

そういう中で、突如「昔(80年代くらい)からパソコンに精通してた風」な人が増えたのも事実で、Twitterを始めスタートアップ系の人たちがその手の知識を披露していることをちょくちょく見かけるようになりました。

似たような話として、某有名人が、「ファミコンに搭載されていたCPUはZ80」と言い出して話題になったことは記憶に新しいかと思います。

とはいえ、私はどのタイミングでレトロゲームやレトロPCの世界に足を踏み込んでもいいと思っています。かつ、本やネットの知識をベースに学んだり、レトロゲーム配信をきっかけに最近ファミコンをやりはじめた人がレトロゲームを語ってもいいと思ってます。

例えば2022年時点で30歳の人は、親や年上の兄弟が所有していたなどの理由がない限り、1993年以前のゲームやパソコンを体験することはできなかったわけです。

だから現在出版されている本やネットの情報でしか、当時を知る手段がありません。これは仕方ないことです。
でも、そこにレトロゲームを知ろうとする好奇心があれば、私はにわかとは呼びたくないと思っています。
むしろ、そういう若い新参者が増えて、レトロゲーム界隈がもっとカジュアルに活気にあふれるといいなと思っています。

しかし、これは意識高いスタートアップ系の人たちの特徴とも言えるのですが、冒頭のように詳しくない知識を振り回して煽ってくるのは違います。

前述のように、スタートアップ系の人たちが最近になってレトロ系のヘビーな趣味に目覚めたとしても、それは良いことだとと思います。もともとITに興味があって業界にいる人達なので、レトロゲームやマイコンなどに興味を示すのは自然なことでしょうし、現在一線で働いている人はPC-98時代にパソコンを使っていた人もいるはずです。

でも、古参ファンを煽ったりマウントするのは、ちょっと違うと思うんです。

むしろ、そういうファンたちが今までレトロゲームやレトロPCを愛好したおかげで、レトロゲーム文化が維持されてきたのです。そういう功績を差し置いて、にわか知識であれこれ言うのはさすがに差し出がましい話です。

もちろん、中には古参のレトロゲーマーでかつスタートアップ企業を経営している強者もいますが、そういう人たちは普段からSNSでレトロゲームの話ばかりしているイメージがあります。

しかし多くの場合、最近のブームに乗っかって「他のギークと差をつけるためのマウント道具としてレトロゲームあたりの知識をふりまわしてる」場面も多く、うんざりすることも増えてきました。

そもそもレトロゲームはべき論で語る必要はない。

そもそも今回の記事の発端となった投稿において、私が一番不快に思った部分は、「○○しないと~じゃない」というべき論で語ってたところです。

私は先程、どのタイミングでレトロゲーム・レトロPCにハマろうが構わないと言いましたが、同時に入口がなにであっても、吸収した知識が何であっても構わないと考えます。

もしその知識が間違っていたとしても(最近はこの記事にもあるようにレトロゲームに関する怪しい情報が増えていますし)、新たに仕入れた正しい情報で上書きすればいいだけです。

でも、冒頭の人のような(あえて言おう)にわかな人から古参ファンに至るまで、「レトロゲーマーの作法」を語りたがる人が多いように見受けられます。

レトロゲームとは言え、たかが趣味です。そんなに堅苦しくする必要があるのかと私は思います。

どの本を読もうが、どのゲームを遊ぼうが自由ですし、この本を読まないといけない、このゲームをやらないといけないなんてことはないはずなんです。

ファンの人それぞれ可処分時間も可処分所得も違うのだから、レトロゲームにさけるリソースには個人によって違いがあるわけですし、一元化することがそもそも無理だと思うのです。

もちろん、どの本がよいか、どのゲームが面白いのかを尋ねられれば、自分のマイ・フェイバリットを語ればいいと思いますし、SNSで好きなゲーム、読んでおもしろかった本を広めるのはいいことです。

でも、「読むべき」「やるべき」「じゃないとレトロゲーマーじゃない」とべき論で語りだすと、せっかくの趣味がめんどくさくなってしまいます。

そして、そういう面倒なファンがいる界隈は、かつてのSFではありませんが新規ファンが離れて衰退してしまうのです。

当たり前ですが、人によって好きなジャンルも違うわけです。シューティングが好きな人に「ウィザードリィはRPGの原点だからレトロゲーマー名乗るならやるべき」と言い切ってしまうのはおかしいですよね。

もしそういう気持ちがあったとしても、心の中にとどめておいた方が互いに幸せです。ファンであるからこそ、言っていいこと悪いことをわきまえた方がいいのは、どの界隈でも同じだと思います。

にわかのイキリに見られないためにも、まためんどくさい古参に見られないためにも、レトロの多様性を受けいれるくらいの度量は身につけたいものです。


文中に出てきた。高橋ぴょん太さんのクラウドファンディングはこちら。
私は信条的な理由で支援はしませんが、良いプロジェクトだと思っているので応援しています。クラウドファンディングに抵抗がない方は、ぜひ支援してみてください。

80年代のコンピュータと出版、PC雑誌からゲーム誌が生まれるまで

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