クリエイター
魂太郎
同人活動家

レトロゲーム界の著名人とともつながる。レトロゲーム関連の同人活動を手掛ける魂太郎さんインタビュー。
- 今月のインタビュイーは、レトロゲームに関する様々な同人誌執筆や精力的な活動を行っている魂太郎(ごんたろう)さんにお越しいただきました。
魂太郎さんはレトロゲーム界隈に広いネットワークをお持ちな上、レトロゲーム自体にも深い造詣をお持ちの方です。今回はそのアクティブさの秘密などをおたずねします。
それでは魂太郎さん、自己紹介をお願いいたします。 - よろしくお願い致します。魂太郎@regamerと申します。
@以降はただの自称ですが、95~96年のインターネット開拓紀辺りから「どんなジャンルの人?」ってのが分かるように付けておりました。
ですが…「なんじゃいレゲーマーって??」というツッコミ誘導にしかなりませんでした…。(retro-gamerの略で付けたのですが…)
主体はコンシューマーゲームですが、アーケードゲームも普通に遊びます。
オイラ自身で『特筆ですっ!』と言えるコアジャンルは…
・女神転生(ファミコン版の1のみ:同人誌を出した)
・三国志(KOEI作品、及び中国現地での三国志遺跡関連:同人誌を出した)
・ドラゴンクエスト(3と4の格闘場カジノのみ:道具揃えてカジノにしてみた)
になるのかな。
その他、魂太郎ってのはどんなアホなのか?は、 https://gontarou.gg-blog.com を見て頂けますと。 - まずは、魂太郎さんのゲームとの出会いを教えてください。
- 一番最初のゲームとの出会いは、幼少の頃に父親に連れて行ってもらった近所のゲームセンターでした。
初めて連れて行ってもらってからは、たまに自分から行くようになりました。
そのゲームセンターで出会った、今でも覚えているゲームは…
・THE運動会(パン食い競走があった事を強烈に覚えております…腹減ってたのかな…)
・レディバグ(変な虫が怪しい動きをしている事を覚えていました…後年、このゲームの制作者が女神転生を作った上田さんだった、という事を知りました)
・モンスターバッシュ(ロウソクに火を付けると明るくなる演出が良かった)
その後、カセットビジョンを買って貰い、ファミコンを買って貰い…今に至ります。 - 魂太郎さんはレトロゲームについての同人活動をやられていますが、活動を始めた経緯はどのようなものでしょうか?
- 同人と言う世界が存在していたのは高校の頃から認識しておりましたが、その時は同人という概念があんまり理解出来ていなかったみたいで…
「○○を好きな人が色々なものを作る人が集まるコミックマーケットってのがある!」という程度の認識でした。
自身が「同人」という認識もなく、単に「レトロゲームのオタク活動」として始めた事は…
1999年1月に開設したゲームの攻略サイトへのリンク集を想定したホームページの開設(現在は閉鎖済)と、その後同年11月に開設した女神転生の攻略サイト開設が最初でした。
1999年よりも前となると、そのレトロゲームが好きな人や特にそうでもない方々とも集まってゲームやゲーム以外で遊ぶオフ会に参加し出した96年頃になるでしょうか…。
その後は色々なサイトを作っては開設したり、2006年6月3日に出逢ってしまったweb生放送の開設・企画と運営に前のめりでのめり込んでおりました。
リアル同人イベントとして人前に出て活動を始めたのはそこから随分と後になります。
サークルとして初めての活動は2012年11月4日の『ゲームレジェンド14』というレトロゲーム系の同人誌即売会イベントでした。
ものは試しと、オフ会で遊んでいた『ゲームセンターCX好きの集い』のメンバー達に打診して、この時一緒に同じサークルとして参加してくれたのが…
2013年にレトロゲーム系アパレルブランドを立ち上げた【GAMES GLORIOUS】のお2人と、ファミリーベーシックのプログラムを稼働させて試遊展示してくれた友達でした。
オイラは、ファミコンのガン(銃)コントローラーとTVを持ってきて、自作したジョイスティック用20m延長コードを持ってきては「20m離れてもガンコンは認識するのか!?」とか…あとはDDRマットでファミコンを遊ぶ・hitboxで(々・キッズズテーションで(々・パワーグローブ体験…などの本機種他機種問わずでコントローラーをファミコンに付け替えて色々試して貰う試遊展示で出店しました。 - 魂太郎さんがこれまでのゲーム人生の中で「これはおもしろい!」と思ったゲームを3つほど教えてください。
- 個人的にはゲームのシステムに注目が行くタイプですが…その点で見ると面白いゲームって色々見掛けたのですが…
まず掛け値なしに惚れたアクションRPGの『LA-MULANA』を挙げさせて頂きます。
オイラ、ド初期のフリーゲームから遊ばせて貰っていたのですが、アクション部分よりも謎解き部分、そして全てが繋がるシナリオに惚れました。多分、今後このゲーム以上のものが出るとは思えません。このゲームを出したnigoroさん、このゲームを出した後起業して会社になりましたね。
次は、実はKOEI作品の中で一番、と言ってもいいくらい好きなのが『太閤立志伝(シリーズ全般)』です。
KOEI三国志作品の中ではオイラの4桁の時間を奪っていった『三国志13』というゲームもあるのですが、なんでこんなに遊んでいるのか…?って思い返したら、この『太閤立志伝』に似ているから…という結論に達しました。群雄として・武将個人として・一つの城主として自由に動き回れるこのゲームが好きで、1の攻略サイトまで作りました。
もう1つは…すいません、近似したゲームシステムの為2つ挙げさせて頂きます。
1つはコンパイルのゲームマガジン『ディスクステーション』の付属CDに入っていた『GEO CONFLICT(ジオ・コンフリクト)』。
もう1つはフリーゲームの『まほでんわーるど』です。
どちらもダンジョン探索ゲームなのですが、プレイヤーが操作出来るのは「準備・出発と撤退指示のみ」という、最近のゲームで見かけるようになったゲームシステムです。
『ジオ・コンフリクト』は迷宮の探索や戦闘が行われている様子が伺えるゲームなのですが、まほでんわーるどはその様子や戦闘すら無く「迷宮攻略率?%」という表示のみで100%になったら更に奥の迷宮へ進んで行き、戦闘も自動。探索ゲームなのに探索シーンが見られないゲームなのです…が、こちらは一度に6パーティーを取り扱う事が出来るので、頭の中が思ったより忙しくなります。
他にも色々あるのですが(『百の世界の物語』や『陰謀の惑星シャンカラ』などなど)、多すぎると怒られそうなのでこの4つで何卒。 - 魂太郎さんはMr.Do!やスターフォース・女神転生を手掛けた上田和敏さんなど、ゲーム業界のレジェンドともいえる方とも知己を得ています。そのような人脈を得るきっかけはどういうものだったのでしょうか?
- 「人が人を呼ぶ」というのは有ると思いますが、最終的には運だと思ってます…冗談抜きに。
上田さんとお知り合いになりました経緯ですが、拙作『女神転生 三十年"誌"』の同人誌にインタビュー記事を載せたい…と、考えまして。
まず女神転生を手掛けた方が今ドコにいらっしゃるのか…?をネットで調べましたら、【Thousando Games】という会社の役員をやっておられました。
で、Thousando Gamesさん宛にメールで上田さんにインタビューをしたい旨のメールを出しました。
…インタビューなんてやったこと無いし、ファーストコンタクトで軽くあしらわれるんじゃないかなぁ…という不安がありました。が、
Thousando Gamesの社長の桑原さんからご返事を頂いて「とりあえず当人に転送してみますね」とご連絡頂いた後…
ツイッター上に上田さんが登場しました。
いやいやいやいやちょっと待って。上田さん、もう70歳過ぎですよね??適応能力抜群すぎでしょ!?
そこでやり取りの後にインタビューして…という具合です。
その後は上田さんのご紹介…というか、そんな大層な紹介ではないのですが、『上田さんが認めるなら…』っていう感じのお目溢し的なものがあると思います。
やっぱり、何かを得る為には「当人に聞くために突撃」…もとい、「好きなものを突き詰める」をしなきゃイカンのです…。
その上で…運が左右するものだと思ってます。 - 年2開催のゲームレジェンドでもボランティアとして活動されています。私とのリアルの出会いもゲーレジェでだったですよね。ボランティアとして参加をはじめた経緯も教えていただけないでしょうか?
- 先だって、リアル同人イベントに出店した経緯を書きましたが…その流れでコチラから運営に声を掛けました。
オイラ、2004年から5年間、東京ドームのプロ野球興行を行っている企業の下請けの会社でお給金貰ってイベント仕事に従事しておりました(オタク活動ではなく職歴として)。
下請けなので運営の中核の仕事は出来ませんでしたが、もぎり(入り口でチケット半券を回収する人)・会場案内・広報・臨時売店の売り子・禁止行為監視などはおろか、
展示会用の簡易システムパネル(オクタノルム社やアルター社など)の設営や撤去、テント設営撤去やその他付随業務などなどを飽きる程従事させられました。
その経験値があって、特に向こうから誘われた訳ではなくて「大変そうだし手伝おうか?」という感じでスタッフ仕事をやらさせて頂いてます。
それと…ココで公言しておきますね。ゲームレジェンドのスタッフは完全ボランティアではないですよ。
以前は食事会などがありました(高級焼肉屋とか行きました)が、スタッフ全員の慰労会の日程が合わなくなってからは主催が買ってきたお菓子+差し入れとして頂いたものをスタッフ全員で等分に分けて頂いておりますよ。
割に合うかどうか?で考えると割に合わないですが、同人周りの事ってまぁ…そんなモンでしょう…。 - 魂太郎さんはQUESTERの考察本も作られています。私も読ませてもらいましたが、ゲームで描かれていない部分を丁寧に補足した内容になっていて好感が持てました。そんなQESTERとの出会いとハマったきっかけを教えてください。
- 突然(…でもないですが)、送られてきました
先に上田さんへのインタビューでお会いした際、最初に間に入って貰ったのが【ThousandGames】の社長の桑原さんでした。
その後、実はゲームレジェンドのスタッフさんのお1人(桑原さんと面識あり)含めて4人(上田・桑原・スタッフさん・魂太郎)でコーエーテクモのコラボカフェに行くことになりまして、そこで桑原さんとは初顔合わせとなりました。
更に後、桑原さんはゲーム『Quester』を発売するのですが…所謂、「どうやって世間に知ってもらおうか…」という広報手段の模索としてなのか、放送配信をしてもらう広報を考えていたようでして…たまたま桑原さんがその放送配信を依頼した方の1人が、オイラの小学校時代の友人でした。「桑原さんも友人も知らん人って訳じゃないし、wizで当時一緒に遊んでた友人として【カエルパンダ】さんに友人からご紹介を頂いておりましたので(この頃、カエルパンダさんはアクワイヤからswitchで出す『残月の鎖宮』を製作中で、「どんなもんか見て欲しい」と言われました)お節介しましょうか…となり、間に入って解決に至りまして。
その後、桑原さんから「お礼にこのゲームのIDをお送りしますので、住所を教えて下さい!」という話になり、住所を教えてIDカードを送って頂きました。
送っていただいたものを確認しましたら…IDが記載されたカードが入ってました。
5 つ も 。
こんなに貰ってどーすんねん…(汗)
とりあえず桑原さんの意を汲んで、影響のありそうな方に差し上げる事にしました。
この時にwiz愛好会主催の方に相談を持ちかけて、ターゲット層に近い方が多く集まるVさんの馬小屋ねる子さんにQuesterを配信して頂こうと画策しました。
wiz愛好会主催さん、その節はどうもありがとうございました。
そして馬小屋ねる子さん、放送配信して頂きましてありがとうございました。
その放送配信をオイラも当時見てましたが、見知ったHNの方が多く居らしていて、認知は出来たんじゃないかと思います。
IDを2つお贈りしましたので、Vの友人さんと競争配信してくれないかな~…って思いましたが、残念ながらそちらは叶わずでした。
で、Questeにハマった切っ掛けですが…
システムそのものが簡素なのもさる事ながら、このゲームについてはシナリオにハマりました。
これまでのRPGは、多少なりとも時代背景や至った経緯が描写されておりました。が、拙作のQuester同人誌の最初にも書きましたが…「ここまでに至った経緯が何も書かれてない」事、でしょうか。そして謎の物質「浄化燃料」。桑原さんからも「なんか書いてよ~」とせっつかれている(ゲーム作った側から同人誌制作をせっついているのです…)のもあるし、ID頂いた事もあるので、この辺の謎を煮詰めて同人誌として書いてみる事にしました。
でも、同人誌を書くにしても需要を生み出せそうな内容も盛り込まないとダメよなぁ…と言う事で、ハックアンドスラッシュであるので武器やアクセサリーの装備品の詳細を載せるか!と考えました。
なんだ、ハマった…というよりは、同人誌を作るためにクソ真面目にアイテム収集に取り組んでいた…とも見られるかもしれません…(事実、一番時間掛かったのがアイテムコンプでした)。仕事を辞めてまとまった時間はあったので、結構サックリと作れたと思ってます。 - 魂太郎さんはゲーム以外にも中国に関するツイートも多いですね。中国に対する関心はどこから生まれたものでしょうか?
- まずは最初の切っ掛けであるのが『三国志』です。
小学生の頃、伯父の家に遊びに行った時に置いてあった『横山光輝 三国志』の15巻と19巻が切っ掛けでした。この続きが気になり出して、親に漫画を買ってもらう時はだいたい三国志を買って貰っておりました。
そして、大学生になって…国際経済専門のゼミに入りました。
丁度、ヨーロッパ各国がECからEUになる道中の頃で、EUが統一国家と相成った時、おそらくアジアの金融の中心は中国上海になるであろう…という仮決論となりまして、ゼミの教授(本職は貿易業のフランス人の先生)からは「ドコでもいいから海外行って見てこい」ってゼミ生全員にけしかけられておりました。
その事もあって、まずは…と大学の卒業旅行の一環として、中国の天津に1週間だけ滞在する短期留学に行きまして、そこである程度慣れてから、卒業後にバイトしてお金を貯めて…2001年に中国上海へ留学しに行ってきました(結果的に、留学が口実になって三国志遺跡の現場へ行った訳ですが…)。
なので、関心の中心は「中国の三国志遺跡の存在と、その行く末」でしかなく、中国全般の関心は正直言って付随です。ただ、政治や外交の問題で中国に行けない・行けても日本人というだけで非難を浴びるような事や、経済力格差の問題で中国行っても予算不足で遺跡まで行けない…などの状況を見る必要があるとは考えてます。 - これからの活動方針や抱負はどのようなものでしょうか?
- 現在、同人誌化を目指して作っているものがあります。これについてはインタビューが絡むのでいつ出るのか未定ですが(出ない事もありえます)、ゲーム保存の観点からも是非冊子化して頒布する…というよりも国会図書館へ納本したいなーと思っております。
その他ですと…
・『DQ格闘場カジノ』という、実際のDQ3とDQ4の格闘場のシステムを利用して実際のカジノのようにフィールドとチップを用意して、その場にいる人全員で遊べるコンテンツを自腹興行してますが、これをYoutuberさんやVさんにも遊んで欲しいなー&東京の東新宿にあるスクエニカフェ『アルトニア』でやりたいなー
・三国志遺跡が新しく発見されたり、以前行った遺跡が今どうなっているのか…?という確認をしに行きたい
正直「なんか売れるもの面白いものを作れたらな~」レベルでして、あんまり立派な方針はありません…。 - 今回は魂太郎さんをお迎えしてのインタビューでした。魂太郎さんの今後のご活躍も期待しております。